- (株)ファーレ 取締役副社長 栗原秀郎氏 プロフィール
1977年9月9日生まれ、ファーレグループ 取締役副社長
神奈川大学経済学部卒業後、参議院議員の秘書を経て政党職員に。2006年にファーレグループに入社。ロレアルビジネスマスターユニバーシティで経営者としてのイロハを教わる。現在神奈川県で8店舗のサロンを展開。今後は美容院の枠を超えるビューティーパークへ挑戦。夢は「日本一温かい会社」を作る事。
[blog : ぼっちゃん奮闘記]
- ビューティーナビ株式会社取締役 佐々木亮輔 プロフィール
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1970年8月31日生まれ、ビューティーナビ株式会社取締役。10年前から全国各地の美容室、ディーラー、メーカーを訪問し、美容業界にITを活用した提案を行う。現在に至るまで『ビューティーナビ』を含め、3つの美容室検索サイトの運営に携わる。業界のインターネット事情に詳しい。
[blog : Beauty-Navi 佐々木亮輔の美容室訪問記]
1.ファーレグループ概要
- 佐々木
- 本日はよろしくお願いします。
- 栗原氏
- よろしくお願いします。
- 佐々木
- まずは、ファーレグループ全体のことをお聞きしたいと思います。今年で45年目ですよね?
- 栗原氏
- 創業で45年です。
- 佐々木
- ファーレ様の歴史を語っていただいてよろしいですか。
- 栗原氏
- 元々は母が、家の近くに美容院を貸していました。その美容院のオーナーが逃げてしまったとこから始まりました。
- 佐々木
- それは横須賀の店舗ですか?
- 栗原氏
- 横須賀の立地のよくない店舗です。元々母親は経営者を好きでやったわけではなくて、経営者が逃げてしまたんです。そして祖母が、「オーナーがいなくなって従業員はかわいそうだからやりなさい」っていうところからスタートしたんです。
- 佐々木
- お母様は、元は美容師でしたか?
- 栗原氏
- 違います。
- 佐々木
- その時、美容師の資格は無かったわけですよね?
- 栗原氏
- はい、学生くらいの時でした。
- 佐々木
- それではさぞ立ち上げ時期は大変だったでしょうね。
- 栗原氏
スタッフは言う事をきかないし、自分も技術がないので、寝ずにトレーニングをし、求人も回っていました。3年間は、日々の忙しさに追われ、気持ち的にも下向いて仕事をしていたそうです。ある時「下向いて3年過ごすのも、上向いて過ごすのも同じだ!だったら、上向いて過ごそう!」と考え、そこから社長が、前向いてどんどんスタートしました。求人も集まる時と集まらない時があり、上手く行かないこともありました。その当時は、今ほど美容院は多くなかったので、お店自体は繁盛していたようです。しかし、「この場所では経営的に厳しい」ということで、10年ぐらい経ってようやく駅の近くに下りてきました。今度、北久里浜店がリニューアルしますが(6/5)、そこは2階の店舗なので、立地はそんなに良くありません。僕がここにこだわりたかったのは、社長の想いがとても強い土地なので、どうしてもその場所を離れるのが嫌だったんです。社長が美容業界に入って感じた事、「こんなにレベルが低かったら、一般社会でなんて通用しない!」だからこそ社長は人間教育を最優先に始めました。多くの美容院さんがやはり技術一辺倒で走ってきたところがあると思いますが、モラルや人間性、そういった要素を、しっかり教育していこうと考えました。技術と教育の2本立てで、45年経った今でも僕の中でイズムとして受け継いでいます。
- 佐々木
- なるほど。そこに至るにいろいろな歴史があったと思いますが、創業当初と今でコンセプトは移り変わりましたか?
- 栗原氏
- 創業当初からパーマに力を入れていました。ワインディングは昔から神奈川県でずっと優勝していましたし、今年は日本で7位になりました。その他にも着付けやアップなどにも力を入れていました。今思えばもう30年ぐらい前からトータルビューティーを意識し始めてたんです。まだコンセプトもない時代だったので、ビューティに関わるいろんな物も販売していました。
- 佐々木
- 当初はパーマに非常に強いサロンというコンセプトから、今はトータルビューティーへと変わってきていると思いますが、トータルビューティーに変わってきたのは大体何年ぐらい前からですか。
- 栗原氏
- サロンの作り上、トータルビューティーという考えよりも、ヘアとエステというくくりだったので、この10年ぐらい前から、「メイクやネイルもやろう」と声があがって、ちょうど3年ぐらい前から本格的に形になってきました。
- 佐々木
- 栗原さんがファーレさんに入られたのは、3~4年前ですよね。
- 栗原氏
- 今年が4年目です。
- 佐々木
- どの辺りから美容業界に入ろうと意識されたのですか。
- 栗原氏
僕は26・7歳まで、「なんで後を継がなければいけないんだ」という親への反発や、姉も美容業界にいたので、比べられるのが嫌でした。その時は、カラオケ屋でバイトして、家にも帰らなくて、美容業界の美の字もありませんでした。美容の専門学校は並行して卒業したのですが、やりたくありませんでした。ファーレに入った時も、美容業界以外の仕事で活躍したいと思っていたのですが、やはり何処に行っても美容業界では「栗原の息子」になるので、何処へ行っても特別扱いをされてしまいます。「これ自分の力じゃないな」と思い、初めて母親の力が全く関係のない、政治の仕事をスタートしました。その仕事で「どれだけ“栗原”の冠無しで勝負出来るのか!」と、思ったのが26・7歳の頃でした。
- 佐々木
- 政治ですか。
- 栗原氏
- 経営コンサルタントの会社に内々定をもらっていまして、一次、二次面接をした時、面接を受けた人が優秀な人で、早稲田とか東大が周りにいました。でもなぜか僕だけ唯一受かり、最後社長面接の時、「君は独立願望あるのか」と言われ、正直に「あります」と言ったら「じゃ駄目だね」と落とされたのが、ちょうど大学を卒業する4ヶ月前でした。急に落ちたので焦って知り合いに頼んだら水道屋かITか政治家秘書ぐらいしか紹介できないと言われました。
- 佐々木
- 随分、迫ってますね。
- 栗原氏
水道屋もITも全く興味がありませんでした。しかし政治家の秘書は、選挙に1度も行ったことがないので、逆に面白いかもしれないな、今逃したら政治関係の仕事は絶対に携われないなと思い、門を叩きました。我武者羅にやったのが良かったのか、秘書の後政党職員に認められ、政治家を輩出する部署になりました。政治の仕事を2年半終えた時、急に母親が「今度川崎の、大きいモールにお店を出そうと思うんだけど、どう思う?」と言われ、そこに出すのはどうしても人が必要だから、僕が必要だからってこと言われました。さんざん悩んだあげく『LAZONA川崎』という、僕の人生の分岐点になるようなお店がオープンしました。
- 佐々木
- 当初、政治の世界にいくと言った時、お母さんは悲しまれましたか?
- 栗原氏
- 僕が、「栗原の名前が効く所は駄目だ。」といつも言っていたので、とりあえず「世の中で揉まれて来い」と送り出してくれました。選挙に一度も行ったことがない人が選挙でお願いするので、僕は母親の前で演説の練習を何回もしました。少ない時では5人ぐらいの会合から2千人ぐらいのパーティー規模まで、約1800ヶ所に行きスピーチをしていました。止まったら真っ白になってしまうので、母親の前で夜中何回も練習して、「もっとゆっくりしゃべった方がいい。今のとこもう少し緩急つけた方がいい」とアドバイスをいただき、チャレンジしました。
- 佐々木
- その時も美容室に対して気になる部分はありましたか。
- 栗原氏
- 某サロンさんのロゴの入った路線バスがあると、美容院がバスで大きく広告する時代になったんだと思い、街ゆく美容院が様変わりして来て、「うちのサロンどうなってるんだろう」と毎日気にしていました。
- 佐々木
- 美容業界に入る時、抵抗はありませんでしたか。
- 栗原氏
- 最初は抵抗だらけでした。説得もされました。「どうしたら将来後悔が無いだろう」と、ずっと考えていました。結果的に、親が「この子を産んで良かった」と、そう思われることが、僕の一番大事な部分だと思いました。親に対しての気持ちや、今まで迷惑かけて来た気持ちがあり、「親に迷惑かけた分、親孝行したいなあ」と思い決意しました。
2.老舗からの脱却について
- 佐々木
栗原さんがファーレさんに入られた時に川崎店がオープンし、その時がファーレグループとしての転機だったのかもしれないですね。
- 栗原氏
- 今思えば転機だったんだと思います。
- 佐々木
- 上質なトータルビューティーのサロンに転換する時期だったと思うのですが、その時サロンさん全体でも抵抗感が出ましたか。
- 栗原氏
- 抵抗感はありました。しかし、音楽にしても服装にしてもサービスにしても考え方にしても、やはり新しいやり方を持っていこうと、思いきり転換しまして。やはり「僕たちは何を訴えたいのか」という思いの詰まったお店にしたかったので、レセプショニストに育てるにしても、ちゃんと受け付けのプロがやろうだとか、ヘッドスパもこういう風にやろうとか、こんな音楽かけようとか、いろんな部分で挑戦・失敗しました。
- 佐々木
- 栗原さんが入ってきて転換となると、「あいつが来て、変わってしまった」という感じになりませんでしたか。
- 栗原氏
- 口に出された事もありましたし、メールでも手紙でも批判のフレーズをいただきました。「そんな理想ばかりで、現実はこうなんだよ」という事を毎日聞かされましたが、「絶対これがいい」という信念があったので、僕は1度も折れなかったです。とにかく、なんでいいのかという事を毎日説明し続けました。新しく何かやろうと言っても、全くサロンでやらず、「なんでやらないの?」と聞くと、「いや、それいいと思わないから」というのが毎日続きました。
3.川崎店の失敗
- 佐々木
- 川崎店がオープンして箱はできましたが、人が辞めたりだとかもありましたか。
- 栗原氏
- はい、ありました。立地がいいので、お客様はお見えになってくれたのですが、僕らのサロンは、スタッフが大事にも関わらず、スタッフは全く幸せではありませんでした。僕もスタッフの心の奥まで入ろうせず、悩みなども聞こうとしませんでした。「スタッフに、なんで笑顔が無いの。なんでもっとこうしないの」と毎日言い、結局30人ぐらいいたのが、あっという間に8割ぐらい辞めてしまいました。
- 佐々木
- お店の売り上げ自体はどうだったのですか。
- 栗原氏
- 売り上げは、立地のおかげで順調に伸びていました。今でも毎月去年の前年比二ケタ伸びをしています。でもその当時は、今に比べると売り上げは4分の3ぐらいでした。
- 佐々木
- お客様は来るけども、人は固まっていない状態ですか。
- 栗原氏
- 全く固まってないです。お客様から、「なんでこのサロン毎回人が違うの」と言われました。「サロンの雰囲気が悪い」、「暗い顔して営業していては、こんなの美容院じゃない」と散々に言われました。僕のブログを見ていただいているお客様から、「あなたの考え方は、私の若い頃そっくりだ。すごくいいと思う。だけど、スタッフのこと考えてないから駄目だ!まずスタッフの事をしっかり考える経営者でありなさい!」というお言葉をいただきました。そういう事があり、お客様のお蔭とか、スタッフの気持ちを、もう1度真剣に考えた事で、その大切さに気づけたのだと思います。
4・CSからESへの考え方の変化
- 佐々木
- スタッフの意見、悩み、疑問など、怒りにも似たような意見も聞いたという話もお聞きしましたが、全部受け止めようとなったきっかけは何なんですか。
- 栗原氏
- それはスタッフとの距離感です。「これだけ開いていいのか」というぐらい心を開きました。会社の状況や内部事情も全てオープンに話しました。今、僕がサロンに行くと、みんな握手しに来てくれるんです。これは本当に嬉しいです!!
当時の当たり前というのが、スタッフは来ない、笑顔も無い、下を向いている、近寄ると「ふざけんな」と言われました。「これでは駄目だな」と思い、僕はどういうチームを作りたいかなと思った時、ちょうど甲子園の時期で、優勝した選手が抱き合っていて、「自分はこういうチームを作りたい」と思いました。まず自分が心を開かないとスタッフが心を開いてくれないので、勇気を持って、「スタッフの人生に対してこうしたいんだ」ということを伝えました。
- 佐々木
- その時に、信念が崩れたりした事はありましたか?
- 栗原氏
やはり成功するまで継続するしかないということに気づきました。分かるまでとにかく言い続ける、これは繰り返しではなく積み重ねなんだ、ということを自分で覚悟を決めました。まず自分で背中を見せようと思っていますし、自分が率先して、ゴミ掃除をしたり、手を挙げて発言したりします。それで、心折れそうになっても、会社が上手く行くことがみんなの生活が上手く幸せになることですから、信念があることしか言わないです。美容師の平均年齢は28歳で、美容業界自体が、年齢の高い人を雇用できる環境を作っていないのです。僕は、若い子しか活躍できない業界は嫌で、ハサミを置いてもちゃんとキャリアを生かせる環境づくりを大事にしています。僕らがビューティースクールをやることによって、お客様が365日喜ぶような技術を、お客様が少しでも身につけてくれて、周りの人たちに誉められる環境が作れれば、「もう少し美に対して投資しようかな」と思うはずです。どうしたらお客様がもっと美に興味持ち、「もっときれいになりたい」という意識が上がるかということを、僕らはチャレンジしないといけないなあと日々感じ、スタッフに言っています。
- 佐々木
- ファーレさんが目指すお客様のターゲット年齢は何歳ぐらいですか?
- 栗原氏
- Fareが目指すターゲットというのが、20代後半から35歳です。そしてトータルビューティーなので、エレガントなお客様がターゲットになってきます。なのでホームページの写真などでもエレガントなスタイルを最近は売っています。ただ、その地域の特色で元々いるお客様の層っていうのも大事にして欲しいですし、「どういうサロンなの」と言った時に、「エレガント系が強いサロン」ってことを打ち出していかないと、特色が出ないんです。多くの美容院が、プロフェッショナルが少ないんです。Fareの理想は、各々のポジションをプロがいて、お客様が初めてそこで「いいサロンだね」と感じていただけると僕は思っています。教育が難しいんですが、でもそれをやって行かないとこの先ないなと自分で分かっています。
- 佐々木
- 美容師さんの場合はお客様と距離が近いので、とてもハードルが高い所で勝負していると思います。なので、もっと他の業界にも認められてもいいと思います。
- 栗原氏
- もっと認められなければいけないと思います。「ファーレ・コレクション」という感じで、『an・an』とか『JJ』のような、ファーレの情報や思いが載っている物を、本当は僕らが創刊し、僕たちの立ち位置変えていかなければならないと思います。なので、基本的に僕たちは、オープンの時やJrサロンでははやりますが、通常のサロンワークでは価格訴求のリーフ配りを一切やりません。私たちが目指すサロンは、ご紹介頂けるサロンです。ここのサロン、ここのスタイリストいいわよ~と、価格ではなく価値に感動して頂けるサロンを目指しています。
5.変革へのチャレンジ
- 佐々木
- 髪の毛は身体の一部なので、それを、多少安いからと言って店を変えてしまうと危険ですよね。僕はそれを訴えたいと思っています。
- 栗原氏
そこは怖いです。どういう業界にしたいんだということを、もっと明確にしないといけないと思います。日本の政治家も、今できる目の前の話ばかりで、喜ぶのは高齢者の方で、若者たちへのメッセージがありません。「30年後の日本をこうしたいんだ」というメッセージが無いから、僕らは選挙に行かないわけです。美容院も同じで、目先だけじゃなくて、将来のしっかりしたビジョンを見せてあげる。お客様に対しても美容業界から「きれいって、こういうことなんだよ」というビジョンを見せてあげないといけないと思います。これから、大手サロンさんが美容師をたくさん切るっていうことを聞きましたから。
- 佐々木
- そうなんですか。
- 栗原氏
- 大手サロンさんも売り上げが全店で前年比に今10何%割れていて、去年の9月からずっと割れ続けて、今年も10何%割れています。そこで一番迷惑がかかるのはスタッフであり取引先であります。だから、社会や世の中のせいではなくて、僕らの生き方をもう一度見つめ直さなければいけません。どうしても、システム・仕組みとか、儲けを考えがちです。そうではなくて、従業員がまず楽しく生き生き働ける環境で、将来も安定があってというのを、僕ら経営者がもっと考えていかないと、美容師さんは辞めていきますし、専門学校に行く生徒も減っていきます。
- 佐々木
- 今働いている美容師さんが生き生きしてないと、美容師になりたいという人が減ると思います。
- 栗原氏
- そう思います。親が家に帰って「仕事が楽しかった。俺はこんな人生にしたいんだ、こんな会社にしたいんだ」と、毎日のように語っていれば、やっぱり子どもは夢を持つのではないかなと思いますし、親の教育というのもそういう風にやっていかなければいけないと思います。
- 栗原氏
- 子どもの頃は、明るい未来や夢を見ているのに、年重ねるとだんだん目先のことばかり考えてしまいます。前向きな考えも、自分が変わらなければ無いのに、「世の中が何かしてくれないかな」と、みんな待っています。目先で一生懸命やるのも大事なんですが、何も考えないでいると何も考えない人生になってしまうので、考えて60歳を迎えようと、僕はスタッフにうるさく話しています。
- 佐々木
- 安易な快楽より、もっと重要なものがありますよね。
- 栗原氏
- 本当ですよね。
- 佐々木
- 顧客満足と従業員満足って言うと、従業員満足の方が重要だと考えていらっしゃると思うのですが、それはなぜでしょうか。
- 栗原氏
- 従業員満足が無ければ、顧客満足が無いと思います。雰囲気が悪いというのは、従業員が満足していない証拠で、もうオーラに出てしまっているのです。入った瞬間にお客様が「いいな」と思えるような大事な一歩が、社員満足だと思います。目に見えない心で何か感じる部分というのは、従業員満足以外の何物でもないと思います。
- 佐々木
- 従業員満足を成し遂げるために何を教育されたんですか。
- 栗原氏
- あらゆる事をしています。僕は、スタッフが喜ぶことしか考えないです。スタッフの誕生日をお祝いするのにも、必ずそのお店に行って、僕は必ずメッセージ書いて、ケーキと一緒にお渡しするとか、最近活躍している子に、サンクスレターを書いて、その子宛に「Fare副社長栗原秀郎」と書いてご実家に送ります。お父さんお母さんも見るので、「この子会社で認められてるんだ」と安心してくれるんじゃないかと勝手に思っています。常にお父さんお母さんのことも考えるようにしています。
- 佐々木
- 栗原さんは、「こういう風に自分はやったんだけど裏切られたらどうしよう」と不安になることはありますか。
- 栗原氏
- あります。「これだけやったのに、なんでこれしか返ってこないんだろう」と、冗談で思ったりしますが、そう思うと自分が寂しくなるので、常にギブ&ギブです。期待をしないので、ちょっと返ってくると嬉しいんです。今会社では、経営者が従業員を喜ばそう、従業員も経営者を喜ばそうという図式が出来つつあります。また、その気持ちができ、経営者に喜んでもらう時どうしたらいいかと言ったら、まずお客様に喜んでもらおうという図式も出てきます。そして、お客様に喜んでいただくにはどうしたらいいのか、自分たちがアイデアを出してチャレンジをします。
- 佐々木
- メンバーのさり気ない表情だったりさり気ない言葉というのが、大きなギブを自分に与えてくれますよね。
- 栗原氏
- 僕らが100与えたら、100返ってくることはありません。でもストロークという部分で、その人の存在を認めてあげる働きかけが大事です。お互いギブし合って、ギブし合ってという考えです。私たちサロンにも多くの人たちの支えがあって運営できています。常に感謝の気持ちを持って伝えることが大切です。
- 佐々木
- それで1でも返ってきたたら嬉しいですよね。
- 栗原氏
- めちゃくちゃ嬉しいです。各店では、僕が朝礼に行くとみんなが僕のためにウェルカムカード書いてくれるんですが、これは僕に対しての最高のギブなんです。それを毎日見ると心が洗われて、「みんなの為に頑張らなければ」と強く思います。
- 佐々木
- そこまでスタッフの方がギブ&ギブができるのであれば、これから先は何を目指していくのですか。
- 栗原氏
- 僕は、日本一温かい会社を作るということを、みんなに伝えています。その為にはまず僕が日本一にならなければいけません。福利厚生もまだまだですし、スタッフが、今は幸せでも、この先どう幸せなのかと言ったら、毎年微増を狙わなければいけません。そうしたら無理のない末広がりの経営を目指して、その延長上にスタッフの幸せがあると思います。
6両親に感謝する
- 佐々木
- 両親に感謝するDVDを作っていると聞いたのですが、いつから始めたのですか?
- 栗原氏
- 2年半ぐらい前からです。
- 佐々木
- 初めはスタッフの方の抵抗はありましたか。
- 栗原氏
- 去年はみんな恥ずかしがっていました。具体的な成功例が無いので、みんなどういう物を作りたいのかが分かりませんでしたが、「これをお父さんお母さんにあげたい」という想いで作っていました。
- 佐々木
- お子さんにも伝えて欲しいと思います。
- 栗原氏
- 普通4歳の子どもってアンパンマンとか見ると思うのですが、あるスタッフの子供はFareのDVDを観ているんです。私がスタッフに「お父さんが働いている姿をなんで見たいの」と聞いたら、「大人が楽しそうに働いている姿がすごい好きみたいで」と言っていました。4歳の子どもが、大人が楽しそうに仕事している姿が好きみたいで、そんな家族素敵じゃないですか。
- 佐々木
- そのDVDを見せれば良い教育になりますよね。
- 栗原氏
- そうであれば嬉しいです。これは、経営をやめるまでやり続けます。僕一人で、撮影・編集するのですが、みんなが喜んでくれるので、楽しいです。
- 佐々木
- 栗原さんは、ブログを将来子どもに読んでもらいたいという思いで書いているとお聞きしましたが、残すというところでは、ブログは重要ですよね。
- 栗原氏
- ブログはそもそも、「従業員に伝えたい」というところからスタートしています。経営者は仕事が不透明な仕事なので、ブログを通し従業員に伝えたいです。お父さんお母さんも見ていただいて、「こういう経営者だと安心だな」と思ってもらいたいです。あとは何がいいかというと、僕結構大きいことを書くので、自分自身に良いプレッシャーになるんです。自分自身が逃げない、サボらないその仕組みを作っています。ブログで書いた事は実行したいと思っています。
7.スタッフは家族
- 佐々木
- スタッフは家族でありながら、それで経営者を敬ってるっていうのがすごく重要だと思うんですが、スタッフの中でも先輩・後輩特有の関係を築く方もいますよね。
- 栗原氏
- 一時なあなあになりつつあったのですが、先輩は先輩らしくしようということになりました。先輩がだらしないと、後輩に舐められるので、先輩は先輩らしく後輩は後輩らしくっていうことは、常に言っています。
- 佐々木
- 後輩が先輩に対して何かを言うことはハードルだと思うのですが、そういった経験は重要だと思います。
- 栗原氏
- 先輩がもっと示してあげないといけないと思います。だから、先輩に結構プレッシャーをかけています。後輩が入ったら、先輩は次のステップに行くので、いいモチベーションになっていると思います。
- 佐々木
- 店長の方々は、団結していらっしゃるのですか。
- 栗原氏
- 一生懸命団結をして、お互い切磋琢磨してます。良いライバル、良い仲間っていう形でやってくれていると思います。
- 佐々木
- 経営者の方の思いをちゃんと伝える店長の方も重要ですよね。
- 栗原氏
- 店長クラスの従業員は本当によくやってくれています。まだまだ思いの伝え方が甘いと思うのですが、それは僕の甘さでもあります。それは僕が引き続き努力をしていきたいと思っています。
8.夢を語り合う
- 佐々木
- 最後は、栗原さんに夢を語っていただきたいと思います。
- 栗原氏
僕の夢は、従業員が楽しくワクワク仕事ができ、最後まで成長し続け、自分たちだけではなくて、他人の幸せを心から思うような会社を作ることです。自分自身が私利私欲に走ることなく、スタッフが地域のため、周りのため、後輩のために輝いてほしいと思っています。夢は恥ずかしいことではないと思います。心を動かす大事な、人間の元々持っている原点だと思うので、そこをもう一度自分たちで呼び覚まし、その夢を語り、夢をサポートし、夢を伝え合っていきたいと思っています。最近輝いている大人が少ないと思うので、僕は、輝いている大人になりたいと本当に思っています。僕は、人生の通信簿は葬式だと思っています。葬式にどれだけ人が来てくれるかが、僕、最後勝負だと思うのです。自分の葬式の姿を上から見て、「世の中に貢献できたんだな」と自分で思いたいです。仕事を辞めても世の中のためになり、その人がいるから楽しい、この会社があるから楽しいと、みんなが会社を大好きになって支え合うような会社にしていきたいです。不況って言葉など全然通用しないような会社にし、スタッフとスタッフの家族が幸せになり、また、お客様の幸せにというところが、自分の幸せです。そういう考えが原点にあるので、今何の仕事やっていても楽しいです。なので、「休みましょうよ」と言われても休めないのです。とにかく毎日が楽しくてしょうがない、それだけです。
- 佐々木
- ファーレグループの中だからこそ、楽しいんでしょうね。
- 栗原氏
- 本当にみんなのお蔭で楽しいです。
- 佐々木
- 年間に何万人も来るファーレさんのお客様が、ファーレさんの楽しさというのを受け止め、それをまた伝えていくという、そういったスパイラルが起こるといいですね。
- 栗原氏
- そうですね。どんどんそういった幸せの輪を広げていく事が、僕らの大事な使命だと思っています。
- 佐々木
- 本日はどうもありがとうございました。
- 栗原氏
- どうもありがとうございました。














